生活の記録

永遠のモラトリアム。中年の学生。人生のテーマは自由。友達は本とラジオとテレビ。好きな芸能人は星野源、タモリ、伊集院光、有吉、爆笑問題、ふかわりょう、マツコ・デラックス。将来の夢は犬を飼うこと。

終わった

入院時の非日常感はあっという間に終わり日常へ。
退院日は外歩くのも電車乗るのも帰り道も家もテレビも新鮮で記憶に残っている。
その翌日からの記憶は曖昧。。。

とりあえず修論をダラダラ。。。
11月はメインのバイトは休む宣言したので主にひきこもり。
サブバイトは入院してる日だけ休んであとは出社。
といっても超絶暇なので主に持ち込んだパソコンで修論書いてた。。。
あとはたまーに学校行くぐらいで半径一キロ以内で生活。
修論は手術前に焦って書いたのであとは手直しするのみ。
一度不安の頂点(当社比)を越してしまったので燃え尽きてしまいダラダラ書く。アメブロ読む。
の繰り返し。
これ以外の日々が想像できないほどの視野狭窄
明日も書けるしあさっても書ける。
未来永劫感。
そんな日もいつかは終わると言い聞かし(紙にも書き)やっと提出締切日が近づく。
事務手続きが苦手&不注意を自覚しているのでハヤメニ出そうと心に決める。
が指導教授より直前に訂正が入る。
しかも内容ではなくワードのレイアウト的なとこで。
必死に直して締め切り2日前に学生部へ提出。
職員のチェックが入る。
まさかの規定行数ミス(40行規定なのにま37行しかなかった)。
ワードの設定信じて自分で数えなかったが確かに37行しかない。
なぜに??
ノートパソコン持ち歩いたので同級生に設定直してもらって体裁直して再印刷。
さらに同級生に文字数チェックと校正してもらい滑り込みで製本出す(締め切り前日)。
今日(提出締め切り日)学校へ向かう電車で腹痛。
もれそう。。。
いろんな場合を想定しつつ学校途中のコンビニですっきりさせ、製本されたものを受けとる。
学生課へ。。。
職員がチェックすると昨日あれほど同級生とチェックしたのに文字数が合わないページあり。
ワードの仕組みわけわからん。
何枚か確認してなんとか通過。
死ぬかと思った。
とりあえず卒業できる(?)

院生室に戻りやはり今日になりパニクってる人の手伝いなど。
全く生きた心地のしない数日だったと思っていると歳上同級生が、今までの人生でもっと大変だったこと一杯あったでしょ、それに比べたらこれぐらい、と。
確かに。
妙に納得。

帰りは今日提出終わったら何しようか考え、決めていた新刊本を近所の本屋で適当買い。
(いつもは図書館かアマゾンの中古本)

夕方からこたつで買った本読む。
幸せ。
酒飲みながらテレビなど。

木曜日

五時に点滴で起こされたが寝ぼけてるままさされる。
六時頃起きる。
よく寝た。
体が一気に軽い感じ。
なんとも言えない脇の下の痛みが軽減。
朝食。
前髪を切ってたら突然採血が来て焦った。
しかも変なところにさされて痛い。
血が足りないらしく、とれない、としばし刺しっぱなし。
痛い、痛い騒いでたらちょうど手術してくれた女医さんが。。。
前髪の残骸とさわいでるとこ見られて気まずかった。。。

あと前の手術の時から担当の薬剤師さんも来てくれて、前の手術を乗り越えれたんだからたいていのことは大丈夫だと。
その感覚すっかり忘れてた。
ありがたい。

あと手術中ずっと手を握ってくれた看護師さんがきてくれた。
優しい。
神だな。
滅入ってる心が和らぐ。

あとこの日の担当の看護師さんも明るくて
癒される。
その日の看護師さんによって気持ちが全然違う。

午後、術後初の修論
点滴の痛さをまぎらわすために集中。
根をつめると動悸。
心配になるがやばい不整脈が出ると
心電図で管理されてるので看護師が飛んでくるらしい。
なら大丈夫かとちまちまと作業。
夕食。
テレビを見てダラダラ。
今回の手術は約10年ごとに行わなければならないので次の手術の恐怖に襲われる。
さらに心臓以外の病気まで憂えてしまった。
癌になったらどうしようとか。。。
ネガティブ思考は止まらない。
9時就寝。

手術翌日

●手術翌日
朝食後うだうだ。
親が来る。
ラウンジで雑談。
猛烈に疲労を感じる。
親が帰ったあと昼ごはん。
昼寝を決めて耳栓とアイマスク。
いい気持ちで寝てたら看護師の巡回で起きる。
なんか微妙に腹痛。
下痢かと思ったがトイレ行ったら普通にすっきりした。
15時頃見舞い客。
きついので寝たまま話す。
17時頃予告なく見舞い客二人目。
正直疲れた。。。
前の入院の時もそうだったがお見舞いって
今から行くとか連絡なしに来る人結構いて
来てくれるのはうれしいが病人としては
予告が欲しい。。。
具合悪かったら断るし。。。
寝ながら話す。
途中点滴がきて刺された。
これが痛くて気になってしょうがない。
夕食。
点滴痛い。
だめだ。
明日もさしなおすはめになるけど
抜いてもらった。
グロッキーなまま就寝。
耳栓。
今度こそ熟睡したいと決意。

手術日続き

手術終了後、医者や看護師がこのあと打ち上げ行ける?と話してたのが印象的だった。
私の手術の打ち上げですか?と心でつっこむ(←そんなわけはない)
エレベーターで入院部屋へ。
そこになぜか両親と日にちを間違えて来てしまった友達という謎の組み合わせの三名がいた。
予定より時間かかり三時間かかったらしい。
ロビーで夕食。
全部食べれた。
手術時はつらかったが術後は断然今回が楽。
少し話して部屋でのんきにテレビ。
ああ今回は楽だなあ、とのんびりしてたら
麻酔が切れたらしく痛みがいきなりきた。
あわててナースコールで呼んでロキソニン投入。
てか術後痛くなるのわかってたのになぜ
食事前に出してくれなかったのか。。。
前の術後の強烈な痛み止もロキソニンだったけど市販されてるような薬って。。。
今回はロキソニンがまあまあ効いて落ち着いた。
9時就寝。
なんか寝つけずやっと寝れたと思ったら
点滴の入れ替えで起こされる。
再寝。
今度はロキソニンが切れて痛みで目覚める。
またナースコールでロキソニン投入。
中々寝つけず。
やっと寝れたと思ったら五時頃相部屋の人にとこに看護師が来て物音で目が覚める。
耳栓とアイマスクで再寝。
8時に朝ごはんで起こされる。
休めた気がしない。
よれよれのまま朝食。


続く

手術記録

●手術前日
前の日は昼に修論をやりつつ
夜猛烈に荷造りしたくないと思いながら
開始。
夜ご飯は冷たいそばととうふと
天ぷら。
最後の晩餐。
前の手術の時は手術前も酒をやめたが
今回はよいと言われたので普通に
酒。
荷造りは修論関係の荷物が終わってないが
嫌すぎるので当日の朝やることにした。

●手術当日
6時半起床
今回は前のに比べ軽いと言われていたし
同じ手術をした人のブログでもあんまり
大変そうじゃなかったのでそんなに重々しい
気持ちではなかった。
荷造り。
大量の本。
バス停で待ってると先に待ってた
おじさんがタクシー止めて一緒に
駅までおごってくれた。。。
ラッシュの中スーツケースとリュックで
平日朝から浮かれた旅行者のよう。

9時40分頃病院着。
前日から上京してる両親と合流。
入院部屋へ案内される。
二回目なので気楽と言えば気楽。
荷物を収納したりしてラウンジで待機。
何時から手術かはっきりせず暇なので修論に集中。
医者の前より全然簡単という言葉を信じ
緊張なし。
二時頃になると言われたが15時15分からとなった。
お迎えが来て車イスで手術室まで。
前はストレッチャー移動だった。
別に普通に歩いて行けるが。。。
手術室前まで来たら急に怖くなった。
死刑台のエレベーター
CDがかけられる手術部屋は使われてるとのことで
CDかけられない方の部屋で。
入室。
雰囲気怖すぎ。
手術台にステップ台で登って仰向け。
怖すぎ。
持ち込んだMP3の操作を助手(?)の人に説明。
主治医が、今日体調悪いので違う先生にやってもらう、と初対面の女医さん。。。
コンビニバイトのシフト交替かよ。

何の音楽?と聞かれて、星野源、と言ったら
うちの病院に星野源そっくりな医者いるよ、と。
ホームページでチェックしてたので写真で
似てるなあと思ってた。
一目みたい。
今日は?ときくと
いないとのこと。
残念。

でおもむろに造影剤の点滴。
痛い。
そして顔に台がおかれ布で覆われる。
前回は全身麻酔だったので記憶が途切れるが
恐怖心マックス。
ドラマでも顔を布で覆ってる手術見たことないし。
目の前が青い布。。。
看護師さんが手を握ってくれる。
そして局部麻酔の注射。
これが痛すぎて騒いでしまった。。。
その後も痛くはないが感覚が気持ち悪かったり
脈を早められて冷や汗かくし
いきなり右胸が痛くなるし地獄すぎた。
そして私が子供のようにいちいちわめくので
ずっと看護師さんの手を握って励まされ。。。


そろそろ終わるかな、というところで
痛みだしてまたさわいだら、
先生が、麻酔切れてきたかな、とつぶやく。
まじで怖い!
麻酔注射の追加。
痛い!
傷を縫って終了。
満身創痍で車イスに自力でのる。


続く。。。

日記

人間というものは病気になると日記を書きたくなったり過去を振り返りたくなるもの(byゲーテ)←嘘だけど

あいかわらず崖っぷちのような気持ちで修論を書き続ける。
何のために書いてるのかさっぱりわからない。
卒業のためににしてはストレスがでかすぎる。
文章かくのがこんなに苦行だとは。
なのにまた誰にも望まれてないのに文章を書いてる。
なんなんだ

去年から今年の年末年始、風邪で寝込んでラジオを垂れ流してたときにいまだに覚えている衝撃的だった言葉。
「卒論を書いていて大変です。」というリスナーからのハガキ(メール?)にアナウンサーが「でも卒論って、読むの教授の一人か二人ぐらいですよね。」。。。
この言葉がいまだに忘れられない。
人生で一番本気だして死ぬ気で書いて、読むのはせいぜい一人、多くても三人。
このブログの読者だってよにんはいるよね?(希望的観測)
誰のために何のために書いてるのか迷走中。
小学一年の時、作文を教室にはられて以来、文章には少し自信があったのだがそんなわずかな自尊心もあの世に飛んどくぐらい苦行。
一文字一文字が後世のために木に彫り記すぐらい重い。
三人しか読まんのに。。。

と文章書くことに関しては昨今恐怖症に近いぐらいだが、過去の自分の日記を読んでみると、わりと面白い。
こんなこと考えたのかとかこんなことあったのかとか。
出来事とか環境的にはいろいろ変化があったなあと。
心はあんまり変わってない、相変わらずだが。
一年後にこの日記を読む頃にはどうなってるだろうか。。。

秋晴れ

近年まれにみる引きこもり期間。
最後に社会に労働で接触したのが先週の土曜バイト。
今週の月曜に学校の図書館。大量の本を返却&貸し出しでキャリーバックで移動。
人に会って話す気になれなかったので図書館のみによってそそくさと帰る。
昼に家を出て15時頃家に帰るという感覚が不思議な感じ。
労働してる頃だったら明るい時間に変えれるだけで幸せだったが、学生になると手持ちぶさたな感じで、テレアポで時間を埋めていた。
そんなテレアポもしばし行ってない。。。

昨日は一日中家に引きこもり修論
今日も修論
ページ数のことで疑問があり、ラインで同級生にでも聞けばよいがどうにも億劫で教務課へ電話。
枚数上はすでにほぼ達していることがわかった。
通常の精神状態であればそこで安心するものだが、もう無理だろうとなかば留年の方に気持ちがいっていたので、半端に間に合う可能性が高くなると、なんとしても、絶対という気持ちが出てきてしまう。
そこから案の定というか焦りと完璧主義がでてきてしまい(普段はいいかげん)集中。
だんだん気持ちが暗くなり吐き気がしてきたので気分転換に近所を散歩。

世の中は秋だった。。。
数年前の手術のあとリハビリをかねて毎日散歩した道。
とか懐古的になる。
やたら老人と親子が目につく。
死んだような気持ちでフラフラ歩いた。
帰宅。
再度パソコンへ。
集中してたらまたどんどん気持ちが暗くなり吐き気。
この世に自分しかいないような感覚。
心配になって、心臓、吐き気、でスマホで検索したら心筋梗塞とか。
いや、それはないなと冷静になる。
明らかに精神の問題。
修論で書いてるからわかるよ。
鬱的思考のループ。
気が狂いそうなので修論をやめて夜ごはんを買いに
コンビニで。
こういう日に限って年に一度(?)の棚卸しで品薄。
普段の店員のおばちゃんやアジア人はおらず本部から派遣されたような店員がレジに。
気分がすさんだ。。。

テレビを見ながらごはん。
ごはんというかうどん。
うどんぐらいしか胃に入る気がしない。
という割には食べて○んで(一応医者の許可済)テレビ見てたら人心地ついてきたので読書など。
といってももう100回ぐらい読み返した「蘇る変態」。
まあやっぱり手術のところを読んでしまう。
暗記するほど読んでたような気がしたが、新たな気持ちで。
ああ、なんかこの先いいことないなと思うが頑張るしかないかと思ったり。
頑張った先に何があるかはわからないが。。。