生活の記録

鬱々とした三十代半ばも過ぎつつある女。2016年4月から大学院生&バイト生活。永遠のモラ トリアム。生きる支え‐テレビ、酒、本、ラジオ。悩み‐話し相手がいないのでツイッターでつぶやきまくっているけど反応がマレにしかない。星野源について語り合ってくれる人24時間募集中。

思考記録と思考整理

●頭の中と行動が最近混乱(元々だけど最近特に)してるので記録と整理
※この日記って状況と気持ち両方書いてて、それがなんとなく書く億劫さにつながって、元々のブログを始めた理由は生活記録だったので、億劫で放置するんだったら、目的果たすために純粋に生活記録に使えば良いと思って、だったらノートに書くような日記でも
良いんだけどペンもってノートに書くこういがめんどくさくてそれも続かないので、やっぱりスマホで書く気楽さ、人に読んでもらうことを意識するって持続するに当たっての重要な要素だと思い、事実をつらつら書くだけの日記でも良いので後の自分記憶に残すためと頭を整理するためにまめにここに記そうと決意新たにした次第。
そして人に読ませるために文章校正するのも、ここに書くことを億劫にする要因の一つだったので文章校正もしないことにする。
しかしこういう自分のことダラダラ綴った校正なし(してる人もいるかもしれないがしてない風)の文章って、自分は読みづらくてあまり好きではない。自分の書いたものは文章わかりづらくても自分なので理解できるが、読みづらい文章わざわざ公開するなと思ったり。じゃあ読まなきゃいいんだけど。
ただでさえ少ない読者がこの垂れ流し文章でますます減ったらいやだけど、だらだら文法考えず適当に文章書くのって気持ちいいな。と今気づいた。
のでとりあえず上記の目的を第一と考えてしばらく継続してみよう。それでも気が変わるか飽きるかかもだが。。。

●近況
五月末は修論の構想発表。
元々話ながら考えることが苦手なので公の人目のあるとこで考えながら支離滅裂になり目もあてられないのだが修論の場合自分のやりたいテーマについて自分より詳しくない教授や生徒多目なので質問にも変に開き直って普通に話せた。これがまた、そのテーマに詳しい人がいっぱいいる場だったら自信のなさ&自己意識で質問されても質問の意味もとれず支離滅裂な答えをしたことであろう。
たかが構想発表とはいえ(これ言ったら自分の人生でやってるほとんどのことがたかが~、と言えてしまうが)準備が大変で休みの日に教授のオフィスに行ってマンツーマンで指導受けたり。そのあと虚脱感のまま電車のり帰り微妙にまだ夕方だったので数年前にたまたま食べてすごくおいしかったソフトクリームを食べに某駅まで行ったり。二回目のソフトクリームはそこまでの感動はなかった。
とかそもそも論文の書き方がわからないので形にするまでに無駄に先行研究読みまくったり、Ciniiの公開論文がいきなり一気に減って焦ったり、学生課に留年した場合の学費聞きに行って事務の人にまだ5月ですよ、と励まされたり。
修論 終わらない、大学院 鬱、教授 怖い、でスマホ検索したり。
構想発表後に教授に頑張ったねと言われたので、親にも言われた記憶のない言葉で感動したり。
話は脱線するが親に幼少期ほめられた記憶がほとんどないというのはなかなかなトラウマなんだと最近気づいた。自尊心の低下。
しかしそういえば人生に一度だけお母さんに頑張ったね、と言われた記憶があって 、つい数年前の手術の次の日のお見舞いで。まあ、手術中、自分は意識ないから頑張りようもなく、頑張ったのは医者たちなのだが。
そんな感じで、数少ない頑張ったね、と言われたことをいちいち強烈に覚えてる自分の精神は大丈夫なのか。。。
ついでなのでお父さんにほめられた記憶をたどってみたが、一個もない!
算数わかんなくて怒られて泣きながら教えてもらった記憶が。。。
中高ではそこそこの成績、大学もそこそこのとこ合格したが、その間一度も勉強のこと含め一切ほめられたことなし。
逆に家にいつもいたら(友達少ないし田舎なので行きたいとこもない、ジャスコもない、本屋も図書館も小さくて文化的雰囲気ゼロ、道路はいっぱいあった)外で遊べと言われるしまつ。
て、過去に遡りすぎた。。。
つまり、それだけほめられ体験ないのでこの歳で稀に人にほめられると心内で狂喜乱舞している。
今でこそほめる教育はやってるけどね。
いや、むしろ普通であれば子を誉める立場にいる年齢なのになんなんだ、自分が誉められたことを記録に残してる。。。
で、話は戻って、構想発表はとにかく終わって、実験に取りかからなければいけない段階に入っているが全く進んでいない今。

時は今から約二週間前に戻り、うすうす星野源のライブ近づいてきたなと頭の隅で認識。
逃げ恥フィーバーにより星野源熱は下降気味だったもののダメ元で申し込んだら当たってしまい(しかも地方)、ライブで地方狙いしだしたら全国コンサート巡りしてそれに人生かけてるジャニオタとかわらんからやってはいけないと自分に禁じていたが今回どうせこの状況じゃ地方も当たらんだろうと、適当に応募した三月か四月頃。
そしたら当たってしまい、金ないしめんどくさいなと思いつつ やはり心のどこかではうれしい。
恋ダンス完コピしてるし。
とぼんやり思ってたら六月になり今回のライブは写真つき身分証が必要と。いやそれもうっすら知っていて2ちゃんで前回写真つき身分証なくてライブいけない、とかすでに騒がれてて。
何とか免許とれば半日で 写真つき身分証つくれるよとか2ちゃんでみて、そこまでするか(笑)となかばあきれながら傍観してた。今年の年末ごろ。(そのライブは申し込んだが案の定はずれた)。
で六月になりそろそろ写真つき身分証になるものとしてマイナンバーカードでもつくろうかと区役所に電話したら作るのに一ヶ月以上かかると
その頃にはライブ終わってるし。
なら金かかるけど、パスポートつくろう、今は貧乏だけどあと五年後ぐらいにはアジアぐらいなら行けるくらいの懐具合になってるかもすれないしと(約7年前タイに行ったとき作ったパスポートはケチって五年用でつくったら二年前に期限きれてた)パスポート申請について調べてら戸籍抄本取り寄せたりで10日はかかると判明。こりゃ間に合うかもしれないし間に合わないかもしれないギリギリのライン。
だんだん行くのが面倒くさくなり行くのやめようかなモードに入ったが、しかしネットで調べると小型特殊免許が簡単にとれて写真つき身分証も当日作れると。
これが年末に2ちゃんでみたやつか。
でこれなら取れるなと思い本屋でテキスト買い勉強を始めた先週末。
バカでもとれる(ネット情報)とあったのに、テキスト読んでも全然頭に入ってこない(ちなみに小型特殊免許の試験内容は原付とほぼ同じらしいので原付のテキストで勉強した)。
これ、大学とか大学院の試験より難しくない?なぜDQNが続々とうかり道路でブンブンならせているの??
しかも追い討ちをかけるように学校のレポートラッシュが続き、もはやライブ行きながら、なんならライブ中もレポートやらないと間に合わない量の宿題。
一気に脳が爆発→フリーズ→無気力になり小型特殊免許取得及びライブは諦めたのが先週土曜日。
が土曜の深夜にオードリーのオールナイトニッポン聞いてたら星野源の番宣が入り、ライブに行けないショックで心臓が痛くなったり。
もうとにかくライブは行けないと腹に決めレポート課題にいそしむ日曜日の昼。
で、夕方バイト行く道中で一人追悼ライブで星野源の曲聴いてたらここ数年ぶりの楽しさとか感動の感情が爆発。→ライブ行くことを決意
月曜は死ぬ気で学校の宿題やり今日は朝から免許とるための塾(そんなものがこの世にあるとは知らなかったが同級生に教えてもらった)に行く。
→明日は朝5時起きで塾→免許の試験→夜授業(自分発表)という予定。

何をやるにも後を憂える性格なので免許とるてライブ行けたとしても、ライブが楽しすぎたあとの虚脱が今から憂鬱(笑)ライブのあとの虚しさはさんざんここに書いてるが。
今回はライブに行くために馬車馬のように動いたので(自業自得)ライブ後の虚脱感がより大きいのではと。
そして本来一番やるべき修論が進んでないという。
自分が今一番やるべきことを数日考えて、修論という結論が出たが(考えるまでもない)、この機を逃したら次いつ行けるんだろう、そして人は何のために生きているんだろう、人間の意味、地球の存在、宇宙について一分間考えた結果、ライブに行くという結論になった。

しかしもうとっくに人のために生きるべき年齢に(育児日記が好きでいくつか読んでる他このことについてはいろいろ)自分はこんなことしてていいのか、永遠のモラトリアムのまま年老いていくことは可能なのか、後悔しないか、虚しくないのか(今は虚しい)、では人のためになる仕事をすればこの虚しさはなくなるのか、なくなったとして自己満足ではないか、と考えながら明日にそなえとりあえず寝ます。

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